2010年7月24日土曜日

登山家。

ただいま、某国のために至急まとめなければならんレポート1つ。執筆中のペーパー3つ、査読から戻ってきて早急に修正の必要なペーパー1つ、新たに上から緊急に執筆要請が来たペーパー1つ。

そして・・・実は来週水から2週間弱、日本に夏休み帰国しますの。

・・・あはは、笑うしかない!あと数日、必死です!(というより、日本でも暇さえあれば(あんのか?)、書いてます、書いていたい、書いていなければ。。。)

一時帰国の件、突然の報告ですみません、みなさま。決定も割と突然だったのです。しかも、2週間の間に東京-大阪(Nam)-鳥取(じいちゃんばあちゃん)-那須(両親)を駆け抜ければならぬので、残念ながらあまり人に会えません。そんなわけで、会えない方々、本当にごめんなさい。次回はもう少し余裕を持って帰国したいと思っております。

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と前置きはさており、先日、素敵な方とお食事させていただきました。

登山家の加藤滝男さんです。1969年に今井道子さんと共に、隊長としてアイガー北壁夏季初登頂を達成された登山家さんです。山にまつわる様々な小説の登場人物でもあります。

加藤さんは、長いことスイス在住で、アルプスを始めとする山々の山岳ガイドをしていらっしゃいます。

日本男児を鍛える目的で、こちらに住む日本人の男の子とお父さんだけを対象にした登山教室も開いていらっしゃいます。お母さんが来ちゃうと、男の子は甘えちゃうし、お母さんも頼まれたらすぐ手を出しちゃうから、だめなんだって。でも、息子と父親だと、プライドがあるのか息子も簡単に助けを求めないし、父も簡単に助けないから、良いらしい。なんだか分かる気がする・・・。息子ができたら、ぜひとも行かせたいものです!

常に生死と向かい合いのプロ登山家さんでいらっしゃる加藤さんですが、とっても気さくで、優しさがお顔から滲み出るような素敵な方で、お話も面白いのです。30数年前に(結構最近だよね)、日本人がやっと海外への渡航許可を日本政府からもらえるようになってすぐに、船でロシア経由でアルプスへ渡ったときの話や(餞別にもらったバナナが「種があるから」と没収されたとか。種、ほとんど見えんし・・・)、スイス国家資格である山岳ガイドになるための研修・試験の話(ドイツ語だし)、などなど、冒険話の大好きなわたくし、初めて聞くことばかりで、刺激を受けまくりました。

サインもらったよー。緑の線が、加藤さんチームが開拓された直登ルート=ジャパンルートなのです。まさに北壁・・・岩の壁です。



加藤さん、さすが毎日お客さんを連れてアルプスの山々を登りまくっていらっしゃるだけあって、驚異的な体力をお持ちで、しかも若い!良い生き方をしている人、人生を楽しんでいる人は若いのだ、という仮定を証明しているかのようです。

単細胞な私は刺激を受けすぎて、思わず翌週、ハイキングに行ってしまいました。楽に見えてますが、7時間坂道を歩き続けた終わりのほうは、エネルギーが完全になくなって、歩いたまま寝そうでした。家についたら、抜け殻のように寝ましたし。







遠くに見える白い三角は、モンブランの山頂です。



あー、こういう完全なる体力消耗、気持ちよかです。今年は体力増強に励むことを、ここに誓います!8月末には加藤さんの企画するツェルマット1泊登山へ申し込みます。参加者募集中!(回し者か?)

2010年7月12日月曜日

夏が来た。

ご無沙汰です。

ハノイ出張から戻ると、引き続き部局の年次会議がまる一週間。正直言いまして会議嫌いやし(神妙な顔して座って、メモってるだけだけど)、なによりも会議の後のカクテルパーティが苦手ーな私は、まったく気疲れしちゃいました(汗)。とはいえ、会議・主張のたびに少しずつ慣れてきてはいるかな。学ぶこともいっぱいだし。関係者みんな、普段はそれぞれあちこちで、色んなことをやっていながら、年に一回プログレスを報告しあって、ちゃんと同じ方向を目指すべく軌道修正するための年次会議は、お金はかかっても意義のある行事であると確信いたしました。最近は会議のたびに、「この人に挨拶するぞリスト」と「話すべきポイントリスト」を作って、一個一個実行していきます。会議中は、ぺーぺーなりにも「私だったらこうするシナリオ」を作って妄想に浸ったり、意欲を新たにしたり、時に呆れたり(苦笑)。

先週は、続々みんなが夏休みに入る前の一仕事でまた忙殺。やっと今週末からお休みモードです。

そんな中でも、気晴らしとストレス解消のために、ちょこちょこ遊んではいました。

① 野いちご摘みながらハイキングしたり(野生です。こんなん、いっぱいあちこちに生えてる。もちろん無料!)。



これも野生。



遠くにレマン湖。



② 魚市場でこんなん食べたり。



こんなん買ったり。



③ ジャズフェスティバルとしては世界一有名との噂もあるMontreux Jazz Festivalへ仕事帰りに行ったり(電車で1時間なの)。とはいえ、実はJazzがまだよく分からないお子ちゃまなので、結局全くJazzは聞かず、露天でご飯食べて帰ってきたよ(照)。



④ ジュネーブの端っこにあるサレ-ブ山(Mount Saleve)にケーブルカーで登って、山の頂上にある素敵なレストランで、絶景を眺めながらご飯食べたり。



ザリガニ・・・の姿煮?ちゃんと中身食べれる。



⑤ 昼休みに、ラズベリー摘みに行ったり(これは、ちゃんとお金はらうのです。でも、食べながら摘んで、この量で800円くらい)。



昨夜はガールズトークで(“ガールズ”という年齢ではない、とのつっこみは百も承知です)数年ぶり?の朝帰り。あぁ、疲れたけど楽しかった。

来週からボスたち、いっぱい、夏休み。私はどうしよっかなぁ。ProductiveかつConstructiveな夏を過ごすために思案中です。日本帰るか、こっちで何かするか、迷うところだす。

2010年6月21日月曜日

ハノイ、忙殺の日々

まさに忙殺の2週間。時に深夜2時までデータ入力する始末・・・(これは私だけ)。疲れたよぉぉぉぉぉ。NIMPE(保健省マラリア・寄生虫センター)のみんなを日本人並みに働かせてしまった・・・。みんなもよく頑張りました。

外の気温は40度近くて、外を歩いていると、まるでオートクレーブの中を歩いているようで、鼻の穴から熱気が入ってきて、窒息する錯覚にとらわれるわ、ほぼ毎日停電に襲われ、扇風機で熱気を回すことしかできないわ。あんなに暑いと、頭も機能が低下するし、仕事に行きたくなくなっちゃうし、食欲はなくなるし、大変ですよ、ほんと。昼寝しちゃうみんなの気持ちも大いに分かるってもんで。

そんな中でもみんな頑張ってくれて、多くの外国人が苦労するベトナム政府をいかに動かすか、というより、一緒に動くか、机上の空論で終わらないように、みんなで細かく計画立てて、ベースも作った。実現できるように頑張る。


そんな中、合間を縫って、会うべき人には会いました。

ジュネーブで仲良くしていた同僚Paolaが、1ヶ月前からハノイオフィス赴任になっていたので、何度かご飯を食べました(初めはベトナム赴任について「Dream come true!」と感激していた彼女も、共産党コテコテのベトナム政府との仕事の難しさに、四苦八苦していました。ベトナム人と働くにはコツがいるんだ。)

Namさんが週末だけ大阪から遊びに来てくれたので、Paolaも連れてNam実家に遊びに行きました。

初公開?Nam家一同+幼馴染+Paola。



宴はダック。


ハノイの停電は計画停電なので、まだましなのですが(たいていジェネレーターがあるので、エアコンは使えなくても、扇風機は使える)、ハノイを一歩出ると、普通に停電しまくり(お役人たちはみんなハノイに住んでいるので、自分たちの住まいに電気が来れば、後は無視。ちなみに観光地であるハロン湾は「停電ばかりだと、外国人観光客が逃げる」という理由から、ここもちゃんと電気が来るようになっています。)。ハノイからちょっと外にあるNam家にお泊りした夜は嵐で一晩中停電!もう蒸し暑くて死にそうでした(泣)。一晩中団扇で扇ぎ続けたNamは、翌朝筋肉痛になってるし(笑)。Paola、ごめん、と申し訳なかったのですが、ハノイ市内の様子しか見たことのなかったPaolaはベトナムの現実を少し垣間見れて良い経験になったと言ってくれました(笑)。うむ、貧困はハノイの外にあり。

それから、Nam家のみんなも一緒に、バチャンという、陶器造りの町へ。可愛らしいお皿がいっぱいで、完成度も高いんだけれど、これが日本では百均で売られている、という悲しい現実。せっかく素晴らしい製品を作っているのだから、日本人も製品をちゃんと評価してあげないといけないのになぁ。あんまり安売りして欲しくないなぁ。







危険な香りのサトウキビジュース。でも、めちゃうまい。




我が機関のハノイ事務所には、日本人の先生が3名いらっしゃり、うち2人にランチに招待いただいたり。こうしてネットワークが広がるのも嬉しいし、お話もとても勉強になるのです。日本人の先生方は、どこであってもみなさん寛大です。

そして何よりも、昔ハノイ事務所でインターンさせてもらっていたときからずっとお世話になっていた、兄ちゃんのようなDai先生と、それからベトナム人なんだけれど今はマニラ事務所で働いているToan先生(今回、応援部隊に来てもらった)と、これはもうとことん額をつき合わせて、ベトナムの将来とわれらの仕事について語り合い、本当に良い勉強になりました。いつかこのチームで、カントリーで仕事できたらいいな。夢はいつかきっと叶うと信じていよう。

土曜にジュネーブに戻り、日曜の今日はいっぱい寝た。あ~、ベトナムに戻りたい・・・カントリーで働きたい・・・という夢を心に閉まって、明日から頑張ります。

2010年6月10日木曜日

我がハーフ祖国に帰郷

先週の日曜からハノイにきております。出張です。

なんと!2年ぶりのハノイ。相変わらず、元気です。どこもかしこも、人ばかり(とはいえ、人口密度は日本のほうが全然上なので笑えませんが)。2年の間に、新しい建物がいっぱいできています。KFCも増えてます。ロッテリアまであるよ。マクドナルドはまだないけど。

夜10時でも、すごい人。みんな、どこ行くの?


初日から大雨に降られて、洪水で川となった道を、モーターバイクという名の船で渡ってホテルに帰ったり。

週の半分以上は保健省下のマラリア・寄生虫研究所でお仕事しているのですが、この研究所は我が故郷といっても過言ではなく、寄生虫チームのみんなはまさに我が家族。この人たちがいなければ、博士論文も完成しなかったし、そもそもあんなにう○こを集められませんでした(検便ね)。特に半年間は、ほぼ毎日一緒だったし、地方にもよく一緒に行って、役人たちと杯を交したもので(これをしないと、仕事が進まない)。

当時は学生だった私が、一丁前に社会人?として戻ってきて、みんなも初めはびっくり、そして大喜び!東南アジアに初めて来た、というアメリカ人コンサルタント(ドナーの)と、まだまだ英語のつたない保健省スタッフとの間を、アメリカン英語からアジア英語へ通訳しながら(時に、それをさらに誰かがベトナム語へ訳す)、うまく間を繋げているかな。


ランチは、研究所で大好物のBun Cha。


私の仕事は保健省へのテクニカルサポート。ドナーが誰であろうと、いや、むしろドナーがいようといまいと、保健省をサポートするのが私達の仕事。この人たちのためにも、ベトナムのためにも頑張るぞ、と、時差ぼけの頭をこれ飲んで回転させています。リポビタン・・・ハニー?いかにも体に悪そうですが(苦笑)、背に腹は変えられぬ?病は気から。


昨晩は宿題がいっぱいあったので、持ち帰りご飯。これで100円。



みんなで予算計画を立てるために、過去の活動をリストアップしているんだけれど、この作業、国民性が出る。とても真面目で細かく、ルールがある時はルールにかっちり従うベトナム人(運転はめちゃくちゃなのになぁ)。「大まかに四捨五入して、その値段言って」と行っても、すごーーく細かいユニットコストをきっちりきっちり入れないと気がすまない(苦笑)。いや、すごく良い国民性なんだけどね・・・作業がなかなかすすまーん。さらに、識字率も96%、データがたくさん揃ってるベトナム、なーんにもないアフリカの国々とは全く別の作業になって、面白いです。

金曜日、あと1日がんばるぞ。

2010年5月30日日曜日

ハイジの世界でハイキングぅ

昨日は大変天気がよく、同僚と元同僚と、ハイキングで行ってまいりました。

まずは、ジュネーブから車で1時間ほどの山の上Vallorbe。風景はまるで、奥入瀬渓谷?





Grottes de Vallorbeという鍾乳洞がある。





1ヵ月後に戻ってきたら、野いちご食べ放題だってよー。



そこからさらに車で30分ほど移動して、Lac de Jouxという湖へ。ボート漕いで、ボートの上で昼寝した。





さらに車で進んで、Col de Marchairuzというエリアへ。そこはまるで、アルプスの少女ハイジの世界!お花畑に牛さんがいっぱい。たらら~。



牛さん・・・(のどの下についたでっかい鐘の鳴らす音がなんとも癒し。)



牛さん・・・可愛いぞ!



牛さん、カメラ見て!と注文中のわたし(若干怖いので、距離がある)。



あ~、楽しかった。鍾乳洞の時点では、まだ仕事のことを考えていた、という不幸な私でしたが、湖に来た時点で完全に頭の中はからっぽ。心からリラックスして、幸せでした。牛さんに会いたくなったら、また会いに行こう。あの、肥やしの香り(?)と鐘の音がなんとも言えないのよねぇぇぇ。

キムチ日記の結果大公開

そういえば、キムチを手作りした結果を、長いこと書き忘れておりました。

白菜丸ごと版と白菜切った版の2種類で比較実験したのでした。以下、レシピであります。

①お塩で白菜を一晩浅漬けして、軽く水でゆすいでおく。
②以下のものを、ビニール袋をかぶった手で、混ぜ混ぜして、ヤンニョムつくる。

にんにく(2欠片)すりおろし
生姜(親指1つ分)すりおろし
りんご(4分の1)すりおろし
煮干の粉末だし(適量)
子ネギみじん切り(適量)
唐辛子の粉(適量)
アミの塩辛の代わりに、日本食材屋で買ったイカの塩辛(缶コーヒー半分以上)



③白菜丸ごと版では、葉っぱの1枚1枚に、ヤンニョムをぬりたくる。



白菜切った版は、そのまま葉っぱのヤンニョムを一緒にモミモミする。

④1日室温で、その後冷蔵庫に移動して、ひたすら待つ。



⑤1週間後に開封(といいつつ、待ちきれず、実は毎日味見する)。



左が白菜切った版。右は白菜丸ごと版。



結果

白菜切った版は発酵が早いので、2,3日でもう旨い。でも1週間待つと、やや酸っぱくなってくる(こういう場合は、チゲ鍋にでもするべし)。白菜丸ごと版は、ゆっくり発酵するらしく、1週間後が甘みがあり、マイルドで、一番旨い!

結論


急いで食べたいときは白菜切って漬ける(ヤンニョムと混ぜ混ぜが簡単)。でも、じっくり、より美味しいキムチを作りたい場合は、白菜丸ごと版で1週間待つ。

おまけ

混ぜ混ぜに使ったボールは、永久に赤くなるので、注意。
それから、イカの塩辛がキーである。これが、キムチさんにすごいコクを与えること判明。
手作りキムチは、旨すぎて、1週間であっという間になくなりました。でも、思ったより作るの簡単だったので、イカの塩辛が手に入る限り、どしどし作りたいです(といいながら、その後1度も作っていない・・・)。

2010年5月28日金曜日

あぁ 憧れの宇宙飛行士さん

ワシントンでの出会いや仕事について書こうと思っていながら日々忙殺されているうちに、今日はまた素晴らしく嬉しい出会いがあったので、そちらの話を(日記は、感動している間に書かないとだめですね)。

にゃんと、今日は高校時代から憧れの女性にお会いしたの~涙涙涙


アジア初(もちろん日本初)の女性宇宙飛行士、向井千秋さんです。

ジュネーブに本部がある世界気象機関の諮問委員になっている向井さん。実は、私が勤める機関の、私の大大ボスである先生と大学時代の同級生でもあることから、ジュネーブの会議にいらっしゃった向井さんに、我が機関で「気候変動と健康」についてお話いただいたのです。

ランチセミナーでは、医学者である向井さんに、医学的視点から宇宙における実験・研究について、写真・動画つきで解説いただき、その後は、大大ボスのご好意で、日本人女性スタッフに限り、ランチをご一緒させていただいたのです(1年ぶりのとんかつ弁当でした。ここにも涙)。

もともとはお医者さんである向井さん。宇宙飛行士になった人は、宇宙から地球に戻ってきたら、何をしているんだろう(肩書きは『宇宙飛行士』であることが、どうしたって、大強調されちゃうし)、と不思議に思っていたのですが、向井さんはJAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙医学生物学研究室長をされているそうです(この間までは、フランスの研究所で客員研究員(教授?)をされていたとか。なるほど。

言っときますけど、あたくしは、向井万起男さん(向井千秋さんのだんなさん)が奥様について書かれた本を高校時代に読んで以来、向井さんの大ファンです!ロンドンにはかつて、本など日本からほとんど持って行かなかったのに、万起男さんの『君についていこう』だけはバイブル的に持っていったくらいです!ご本人にも、自己紹介ついでに真実を断言し、ミーハーにも写真を取っていただきました。えへへ。

向井千秋さんは、本で読んでいたとおり、いや、それ以上に、とてもオープンで、おしゃべり好きで、とても暖かく、フランクで、謙虚でありながら、大変な努力をされて「医者になる」と「宇宙飛行士になる」という2つの夢を実現されたご経験から「夢は必ず叶う!」というメッセージを強く伝えてくださり、質問の嵐に話も尽きず、宮沢賢治風に「そういうひとに、わたしはなりたい」と強く思う、素敵な女性でありました。お話も、面白かったです。

特に心に残ったのがこの話。

「スペースシャトルの中では、色々な国籍や職種の人が7人一緒に生活していたわけだけれど、国籍による違いよりも、職種(医者、研究者、軍パイロット、エンジニア)や教育経験のほうが、ずーーーーーっと大きな違いで、それによって、問題の解決方法やアプローチが全く違うの。」

なるほど、そうかもしれない。この言葉に、同僚のウガンダ人が大きく頷いていた。

ただ一方で、熱帯病に苦しむ途上国の人々の被害を少しでも軽減するために、必死にResource morbilizationしている私達と、何億もの資金が宇宙事業というロマンに費やされているであろう現実。人間はいまや数分で宇宙に行けてしまう一方で、道路が存在しないために、250キロの距離を薬を運べないアフリカ。

宇宙に行けるようになってしまった私達、本気でやれば、本当ななんだってできるはずなのにね・・・と我が部局の大先輩は言う。

向井さんに会えた幸せと、現実問題を新たな視点から考える機会をいただけたことに感謝。